園だより愛光

【9月の聖書の言葉】

「主において常に喜びなさい」   フィリピ書 4章4節

 

「月  の  心」

わたしたちの日常には、喜ぶべきこともたくさんあれば、その逆の悲しいことも数えきれないほど起こります。もしかすると、後者の方が多いかもしれません。ところが、聖書には上記の言葉が書かれてあります。それは無理です、できません!と言いたくなります。なぜ、このようなことが勧められているのでしょうか。

ヒントは「喜びなさい」の前にある「主において常に」というところです。かみ砕いて言えば、神さまを見上げて、といったところでしょうか。人間の考えでは、喜ぶことなどとてもできないのに、神さまを見上げる時に、これはもしかすると神さまがお与えくださった出来事かもしれない、と思える時があります。辛いことや悲しいこと、苦しいことがあってもです。

そのようなことに直面する時、わたしたちは喜んでなどいられません。涙を流し、嘆きます。それなのに、「喜びなさい」とどうして言えるのかと言うと、すべての出来事の背景で神様が働いておられるからです。神さまは人間を悲しませるだけ悲しませて、放っておかれる方ではありません。「あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。」(ヨハネ伝16章20節)と言われている通りです。

神さまが私たちと離れずに共にいて、悲しいことがあっても、その経験をやがて喜びに変えて下さるのです。このメッセージはわたしたちにとって、生きるための大きな力になります。わたし自身も、振り返れば、これまでの人生で辛いことや悲しいことをどれだけ多く経験してきたか分かりません。それでもここにたどり着くことができたのは、神さまがこんなちっぽけなわたしにも、温かいまなざしを送り、そのような時にも共にいて守り導いてくださったからだと信じています。

もちろん、言葉でいうほど簡単ではありません。でも、「主において常に喜びなさい」という言葉を覚えて、日々起こるいろいろな出来事に向き合うことができれば、私たちはきっとよりよい道を選び取りながら、人生の旅路を辿っていく事が出来るのではないかと思うのです。

長い2学期が始まりました。どうぞよろしくお願いします。

(牧師・園長 平山正道)

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